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盛岡地方裁判所 昭和24年(行)38号 判決 1952年3月17日

原告 沖田政見 外八名

被告 日本国有鉄道総裁

主文

原告等の請求はいづれも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、運輸省仙台鉄道局盛岡管理部管理部長林崎好徳が昭和二十三年八月二十九日原告千葉重蔵、同伊五沢喜之、同田口保雄、同菊地規雄に対し、同月三十一日同豊川潔、同大西恕に対し、同年九月二日同沖田政見、同木下幸雄、同高橋進に対しなした各免雇処分を取消す訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、原告等はいずれも仙台鉄道局盛岡管理部一戸機関区に勤務する者であるが、原告千葉重蔵、同伊五沢喜之、同田口保雄、同菊地規雄は昭和二十三年八月二十九日、同豊川潔、同大西恕は同月三十一日、同沖田政見、同木下幸雄、同高橋進は同年九月二日、当時の仙台鉄道局盛岡管理部長林崎好徳から、いずれも原告等に昭和二十三年政令第二百一号に違反する行為ありとして免雇処分に附された。そして原告豊川潔は同年十月二十七日、同大西恕は同月三十日同田口保雄は同年十一月一日、同千葉重蔵は同月三日、同木下幸雄は同月十八日、同沖田政見、同高橋進は同月二十日、同菊地規雄は同年十二月一日、同伊五沢喜之は同月十五日にそれぞれ前示自己の免雇処分を知つた。

しかし右昭和二十三年政令第二百一号は憲法に違反し無効であるから同政令違反を理由とする右免雇処分は違法である。仮に同政令が憲法に違反しないとしても原告等は右政令に違反した事実がないから右免雇処分は違法である。原告等を前示免雇処分にした理由が被告主張のように国有鉄道懲戒規程に依るものとしても原告等は該規程に牴触する行為をした事実がないのみならず前示免雇処分は右規程所定の手続を経ていないから、いずれにしても違法であつて取消さるべきものであると述べ、乙第三、四号証の各一乃至四、第六号証の一乃至五、同号証の七乃至十二、第八号証の一乃至三は知らない。爾余の乙各号証は成立を認めると答えた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告等主張事実中、原告等がいずれも仙台鉄道局盛岡管理部一戸機関区に勤務していたものであること、原告千葉重蔵、同伊五沢喜之を昭和二十三年八月二十九日、同豊川潔を同月三十一日、同沖田政見、同木下幸雄、同高橋進を同年九月二日いずれも当時の仙台鉄道局盛岡管理部長林崎好徳が免雇処分に附したこと及び原告田口保雄、同菊地規雄が同年八月二十九日、同大西恕が同月三十一日解職されたことはいずれも認める。しかし右原告田口保雄、同菊地規雄はいずれも判任官、同大西恕は判任官待遇であつたので右三名を解職処分に附したのは前示盛岡管理部長林崎好徳ではなく当時の仙台鉄道局長がしたのである。従つて原告田口保雄、同菊地規雄、同大西恕の本訴請求はこの点で既に失当である。そうでないとしても同原告等の解職は後記の理由により適法有効である。

しかして原告等九名を右の様に解職処分にしたのは原告等に昭和二十三年政令第二百一号に違反する行為ありとしたが為めではなく、原告等にそれぞれ後記の様な行為があつたので右は国有鉄道職員服務規程、国有鉄道懲戒規程に反するので右懲戒規定第三条に基き正規の手続を経て懲戒解職処分に附したのである。

即ち昭和二十三年八月北海道新得機関区等の国有鉄道職員が公務員法実施反対、芦田内閣打倒等の政治的スローガンを掲げいわゆる職場離脱行為をしたのに端を発し、該風潮が北海道全道に波及し同地の鉄道交通機関はまさにその機能停止寸前の危機に陥り、更に東北各地殊に福島車掌区弘前及び尻内各機関区の国有鉄道職員も右に同調する者あるに至つた。そこで仙台鉄道局長盛岡管理部長は原告等に対し事前に機関紙仙台鉄道局報、盛岡管理部報を以て、原告等が何等争議権に基かず又疾病、慰労休暇その他正当な理由なく上長の就業命令に反して、いわゆる職場離脱をするにおいては懲戒解職すべきことを警告し、且つ所属上長をして口頭を以て右の旨並に国有鉄道は日本国民全体のものであり国有鉄道職員は、この公器の運営を信託せられているものであるから公益事業に従事する国民全体の奉仕者として職務に忠勤する様再三訓示してきたのであるにも拘らず原告等はいずれも当時の労働関係調整法第三十七条に基いても争議権を取得していなかつたし又昭和二十三年政令第二百一号によつて争議行為が禁じられていたのに拘らず疾病、慰労休暇等止むを得ない事情等による所属長への事前の届出もなく専ら鉄道業務の円満な運営を阻害する目的で相互通牒の上

一、原告沖田政見は機関助士見習(雇員)として列車の機関車に乗務し投炭作業等を行う重要な職務に従事し昭和二十三年八月三十日第一九〇号列車に乗務すべき任務を有していたのに拘らず同日以降無断欠勤して右列車に乗務しなかつた。これが為め機関車乗務員の割振に重大な支障を来しその運行に大なる影響を蒙るに至つたのである。そこで所属長の一戸機関区長横山三千衛は同原告の出勤を促す為め同日及びその翌日助役佐々木晃美を同原告の宿所に派したが同人は不在であるのみならずその行方も不明であつたので、右宿所の家人に右来意の伝言を依頼すると共に同月三十一日電報を以て実兄居宅気付同原告宛に「無断欠勤につき翌九月一日十二時迄に出勤しないときは懲戒処分に附する」旨の職務命令並に懲戒予告を通告した。にも拘らず同原告は右時限迄出勤しないのみでなく依然行方不明の状態であつた。

二、原告豊川潔は機関助士見習(雇員)の職にあり、昭和二十三年八月二十九日第一六〇号列車に乗務すべき任務を有していたのに拘らず同日以降無断欠勤して右列車に乗務しなかつた。そこで右一戸機関区長は前同様の目的で同原告の宿所に使者を派したが不在であつたので直ちに電報を以て同原告及びその家族宛に前同趣旨の職務命令並に懲戒予告を通告した。にも拘らず同原告は右電報の指定期日である同月三十日八時迄に出勤しないばかりでなく依然その行方不明の状態であつた。

三、原告千葉重蔵は機関士(雇員)の職にあり列車の機関車を運転すべき重要な職責を有し、且つ昭和二十三年八月二十八日第一六九号列車に乗務すべき任務を有していたのに拘らず同日以降無断欠勤して右列車に乗務しなかつた。そこで右一戸機関区長は前同様の目的で同原告の宿所に使者を派したが不在であつたので更に同原告の実家にも連絡したけれどもやはり所在不明であつたので、電報を以て同原告及びその家族宛に前同趣旨の職務命令並に懲戒予告を通告した。けれども原告千葉重蔵の行方は依然不明であつた。

四、原告伊五沢喜之は機関士(雇員)の職にあり昭和二十三年八月二十七日第一九五列車に乗務すべき任務を有していたにも拘らず同日以降無断欠勤して右列車に乗務しなかつた。そこで右一戸機関区長は前同様の目的で同原告の宿所に使者を派したが不在であつたので、電報を以て同原告及びその家族宛に前同趣旨の職務命令並に懲戒予告を通告した。けれども原告伊五沢喜之の行方は依然不明であつた。

五、原告木下幸雄は機関助士(雇員)の職にあり列車機関車の投炭その他重要な運転関係の職責を有し、昭和二十三年八月三十日第一九三列車に乗務すべき任務を有していたのにも拘らず、同日以降無断欠勤して右列車に乗務しなかつた。そこで右一戸機関区長は前同様の目的で同原告の宿所に使者を派したが不在であつたので、電報を以て同原告及びその家族宛に前同趣旨の職務命令並に懲戒予告を通告し、且右電報と同趣旨の書面を使者をして同原告の宿所に持参させたが同原告は依然行方不明であつた。

六、原告高橋進は機関助士(雇員)の職にあり、昭和二十三年八月二十九日当時実施中の訓練に日勤として八時から参加をすべく命ぜられていたのにも拘らず同日以降無断欠勤して右訓練にも参加しなかつた。そこで右一戸機関区長は前同様の目的で同原告の宿所に使者を派したが不在であつたので、電報を以て同原告及びその家族宛に前同趣旨の職務命令並に懲戒予告を通告し、且つ右電報と同趣旨の書面を使者をして同原告の宿所に持参させたが同原告は依然行方不明であつた。

七、原告田口保雄は機関車検車掛(判任官)同菊地規雄は機関士(判任官)の職にあり原告田口保雄は昭和二十三年八月二十七日八時より機関車の検査をなすべき任務を有し原告菊地規雄は同日八時より機関区助役の職務を補助すべき任務を有していたのに拘らずいずれも同日以降無断欠勤して右任務に従事しなかつた。そこで右一戸機関区長は前同様の目的で自ら同原告等の宿所へ赴いたがいずれも不在であつたので、同原告等及びその家族宛に電報と書面を以て前同様の職務命令を通告したが、依然出勤しないのみならずその行方も不明であつた。

八、原告大西恕は機関士(判任官待遇)の職にあり、昭和二十三年八月二十九日第一六〇号列車に乗務すべき任務を有していたのにも拘らず同日以降無断欠勤して右列車に乗務しなかつた。そこで右一戸機関区長は前同様の目的で自ら同原告の宿所に赴いたが不在であつたので、同原告及びその家族に対し電報と書面を以て前同様の職務命令を通告した。けれども依然出勤しないのみならずその行方も不明であつた。

以上原告等の行為は国有鉄道業務の円満な運営を阻害する目的で上長の業務命令に反して為された違法不当のものであるから前敍のようにそれぞれ懲戒解職したのであつて該解職処分は適法有効であると述べた。(立証省略)

理由

原告等はいずれも国有鉄道仙台鉄道局盛岡管理部一戸機関区に勤務していたものであるが昭和二十三年八月二十九日、同月三十一日及び翌九月二日原告主張のとおりそれぞれ解職されたこと、原告大西恕、同田口保雄、同菊地規雄を除く爾余の原告等を解職したのは盛岡管理部長林崎好徳であることは当事者間に争なく、原告大西恕、同田口保雄、同菊地規雄は判任官乃至同待遇官である為め同原告等を解職処分に附したのは仙台鉄道局長であつて爾余の原告等は雇員である為め右林崎好徳が解職処分をしたこと原告等を以上のように解職処分に附したのは、原告等が当時の労働関係調整法第三十七条に基く労働争議権を取得しないのにほしいままにその職場を離脱して所属上長の就業命令に反して各自の職場に復帰しなかつたことを理由として国有鉄道懲戒規程第二条により正規の手続を経て懲戒解職に附されたものであることは証人吉田岩松の証言により成立を認め得る乙第三、四号証の各一乃至四竝に同証言(一部)及び証人横山三千衛の証言を綜合してこれを認めることができる。右認定に牴触する証人吉田岩松の証言部分は採用しない。

よつて原告等に右のような行為があつたかどうか及び解職処分が正当であるかどうかを判断する。

成立に争のない乙第六号証の六、第七号証の一乃至五、証人吉田岩松、横山三千衛、佐々木晃美、竹沢浩の証言により成立を認め得る乙第六号証の一乃至五、同号証の七乃至十、第八号証の一乃至三並にこれ等証人の証言及び証人南館務の証言を綜合すると昭和二十三年八月北海道新得機関区の国有鉄道職員が公務員法実施反対、芦田反動内閣打倒のスローガンを掲げ、いわゆる職場離脱をしたのに端を発し、北海道各地及び東北各地の国有鉄道職員にもこれに同調する者続出するに至つたので仙台鉄道局長、盛岡管理部長は原告等に対し、正当の理由なく所属上長の就業命令に反して右に同調し職場離脱をするにおいては懲戒解職すべきことを警告し、且つ所属上長をして口頭を以て右の旨並に国有鉄道の職員は公器の運営に従事するものであるから、国民全体の奉仕者として職務に忠勤する様再三訓示さしてきたのであるが、原告等は同月二十六日頃前示北海道新得機関区の職場離脱者の来訪を受けてその誘導により、相謀り前示職場離脱に同調することを決し、当時原告等は労働関係調整法第三十七条に基き労働争議権を取得していないにも拘らず被告主張の一乃至八のとおりそれぞれ無断欠勤し、且つ所属上長の就業命令に反して出勤しないのみならず、その行方をも知らせなかつたことを認めるに十分である。してみると原告等の右行為は国有鉄道服務規程(成立に争のない乙第五号証)第七条の「職員は濫りに欠勤…………し、又は所属上長の許可なくして職務上の居住地…………を離れる…………を得ず」の規定に違反し、国有鉄道懲戒規程(成立に争のない乙第二号証)第二条第三号の「上官の命令に反抗し又は之に服従せざるとき」同第五号の「故なく職域を離れ又は職務に就かざるとき」に該当すること明かであつて、しかも原告等は当時前示のように、それぞれ機関士、機関助士として列車に乗務すべき職責を有し又は右に密接な関係ある重要職責を有していたのであるに拘らず、右認定のとおり通謀して無断欠勤して行方をも不明にしていたのであるから、原告等を解職処分にしたのは少しも違法ではない。

尚判断の順序を前後することになるが、原告大西恕、同田口保雄、同菊地規雄は同原告等を前示のように解職したのは盛岡管理部長林崎好徳であると主張するけれども同原告等を解職処分にしたのは前認定のように仙台鉄道局長であるから同原告等の本訴請求は既にこの点において失当である。仮に日本国有鉄道法施行法第五条により日本国有鉄道法施行の日である昭和二十四年六月一日から当時係属していた運輸大臣管下の機関である盛岡管理部長林崎好徳に対する本件行政訴訟が日本国有鉄道総裁により受け継がれた結果同原告等に対する前示解職の内容の実質につき審判する必要ありとしても、同原告等に対する解職が適法であること前認定のとおりであるからいずれにしても同原告等の請求は失当である。

以上のとおりであるから爾余の点につき判断を待つまでもなく原告等の本訴請求はいずれも理由がないから、これを排斥することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小嶋弥作 杉本正雄 山下顕次)

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